大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)1666号 決定

債権者

菊宮勝典

右代理人弁護士

美根晴幸

債務者

佐川ワールドエクスプレス株式会社

右代表者代表取締役

吉田孝允

右代理人弁護士

田原睦夫

明石法彦

右田原代理人復代理人弁護士

印藤弘二

河野理子

主文

一  債権者の本件申立てを却下する。

二  申立費用は、債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者

1  債権者が、債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、平成七年四月二五日以降本案確定判決に至るまで毎月二五日限り金八〇万八〇〇〇円を仮に支払え。

二  債務者

債権者の本件申立てを却下する。

第二事案の概要

一  本件は、債権者が、昭和四一年四月オリエントアメリカン空輸株式会社(債務者の旧商号である。)との間で雇用契約を締結し、平成元年六月一日実施の株主総会により取締役として選任され、その後、平成七年三月三一日実施の株主総会において取締役を解任され、同年四月一日に嘱託となり、同月二四日に嘱託を解消されたために、債権者が債務者の従業員であり、債権者を嘱託した行為及びその嘱託を解消した行為は債権者の従業員の地位を喪失させるものであり、解雇に当たり、右解雇は理由がないもので違法であり、債権者が現在月金二五万円の失業保険の給付を受けているが、右給付金だけでは生活の困窮をきたすものである旨主張して、地位保全及び金員仮払いの仮処分命令の申立てをなしたものである。

二  争点

当事者の主張は次に掲げる申立書、答弁書及び各主張書面のとおりであるからこれを引用する。

1  債権者について

申立書、平成七年七月四日付、同月二六日付、同年九月二二日付、同月二五日付各主張書面

2  債務者について

答弁書、平成七年七月七日付、同年八月二八日付、同年九月二二日付各主張書面

3  右によれば、本件における主要な争点は次のとおりである。

(一) 債権者は債務者の取締役であるが、他方で従業員の地位を有していたものであるのか否か。

(二) 債権者が債務者の従業員である場合に解雇の手続きが適法であるのか否か。

(三) 金員仮払仮処分命令の発令の必要性があるのか否か。さらに右仮処分命令以外に一般的な地位保全の仮処分命令の発令の必要性があるのか否か。

第三争点に対する判断

一  争いのない事実、疎明資料及び審尋の全趣旨により次の事実が一応認められる。

1  債権者及び債務者

債務者は、主として国際利用航空運送事業、国際貨物航空運送代理店業及び通関業等を業とする会社であり、現在、社員約一〇〇名、取締役三名を有し、年商約四〇億円である(〈証拠略〉)。債務者は、平成六年八月二〇日に本店を移転するまで、本店を(ママ)東京都港区(以下、略)にあり、現在、東京営業所、大阪支店、名古屋営業所、厚木営業所、成田営業所、関空営業所を有している(〈証拠略〉)。

佐川急便株式会社(以下「佐川急便」という。)は、昭和六〇年に債務者の株の一〇〇パーセントを保有し、それ以降、債務者の経営については、佐川急便の影響が強く反映することになった。

債権者は、昭和一六年一月三日生まれで、現在五四歳であるが、昭和四一年四月オリエントアメリカン空輸株式会社との間で雇用契約を締結し、オリエントアメリカン空輸株式会社は、その後数回の商号変更を経て、平成元年一〇月一六日債務者と商号変更し、同月一七日にその旨の登記を行った。債権者は、昭和五四年には大阪支店長となり名古屋営業所、金沢営業所、京都営業所及び伊丹営業所を含む関西地区を統括していた(〈証拠略〉)。

債務者において平成元年五月取締役の欠員が生じたので、債権者は、同年六月一日に開催された株主総会において代表権のない取締役に選任され、就任した(〈証拠略〉)。

債務者において、従業員が取締役に就任する場合には、債務者から退職するとする規定(〈証拠略〉)があったことから、債権者は、退職金として金一〇八〇万一七四九円の支払いを受けた。右金員の額は、規定最大限の功労加給金を含んでいた(〈証拠略〉)。

その後、当時の債務者の代表取締役であった中村嗣信(以下「中村」という。)が、平成五年五月代表取締役を辞めたことから、債務者は、後任の代表取締役の候補者を選定していたところ、債権者が候補にあがった。

しかし、債権者が拒否したために、佐川急便から吉田孝允(以下「吉田」という。)が出て、平成五年五月二〇日に債務者の代表取締役に選任され、就任した。

債権者は、平成六年二月一日から大阪支店長と併任して、取締役本社企画部長関空対策担当に命ぜられ、同年六月六日に関空対策部長を命ぜられ、平成六年九月一日に債務者の取締役大阪支店西日本営業部関西国際空港営業所所長を命じられ、平成七年三月三一日開催された株主総会で取締役を解任された(〈証拠略〉)。

債務者は、債権者に対し、取締役に選任されなかった以後もこれまでの永年の労に報いるために、同年四月一日に大阪支店西日本営業部関西空港営業所所長に嘱託を命じた(〈証拠略〉)。

しかし、債権者は債務者に対し、右嘱託処遇行為により給与が月額金六〇万円になるとして異議を述べたので、債務者は同月二七日債権者の嘱託を解消した。

2  債権者の職務内容

債権者は、取締役に就任した後も、大阪支店長として伊丹営業所長を兼務し、金沢営業所、京都営業所、名古屋営業所及び伊丹営業所の関西地区の営業を統括するとともに、右関西地区の営業所の稟議を決裁し(〈証拠略〉)、年度事業計画案を作成していた。

債権者は大阪支店の支店長として会社を代表し、右関西地区の業務については、広範な裁量権を有していた(〈証拠略〉)。

また、債権者は、東京本店における稟議書を決裁するなど、時には東京の営業に関しても関与することがあった(〈証拠略〉)。

債務者における組織図(〈証拠略〉)によれば、大阪支店長は営業本部長、専務及び代表取締役、さらには取締役会の指揮命令を受けることになっているが、債権者が取締役に就任して以降は、債権者は、代表取締役である吉田に次ぐ地位にあり、吉田の指示を受けることもあるも他の者の指揮監督を受けていたものであると認めることはできない(〈証拠略〉)。

債務者は、平成六年には、佐川急便の意向を受けて、債務者の本社ビルを現在の本店所在地である大阪市住之江区南港に移転する計画をし、その際に債権者は、本店社屋建設のための土地の取得及び建物建築について債務者を代表して交渉にあたり、尽力したものである。

債権者は、関西新空港が開港することから同空港に債務者の営業所を開設することについても先頭にたって尽力した(〈証拠略〉)。

関西空港において営業所が開設された以後は、債権者は、大阪支店長と兼任して国際空港貨物の代理店業務及び通関業を統括していた。

また、債権者は取締役就任後、佐川急便との間で、代表取締役に代わり、主として資金面等について、営業状況の報告、資金繰りの折衝を行ってきたものであり、その手腕を買われて、中村の後任に代表取締役となることを薦められたものである(〈証拠略〉)。

債務者においては、これまで特段正式な形で取締役会を開催することもなく、三名の取締役間で、電話又は面談した機会にその都度債務者の方針等債務者の重要事項について決議していたが、主としては株主である佐川急便の意向に従わなければならないことから、佐川急便ないしは同社から出向している吉田の意向がかなり色濃く反映していた(〈証拠略〉)。

3  債権者の処遇の変更

債権者は、取締役に就任した平成元年六月一日以後支給金の支払いが月額から年俸に変更され、金額も年額約八〇万円増額され、平成六年では年額で金九七〇万四一六〇円の支給を受けていたが、債務者から債権者の便宜を図ることから、年額を月額に換算し、一月から一一月分として金八〇万八〇〇〇円を、一二月分として金八一万六一六〇円の支払いを受けていた。

債権者の給与の支払明細書(〈証拠略〉)によれば、平成七年二月から同年三月までの給与の支給内容は、基本給、役職、特別、家族及び役員の項目に分けられ、右給与から健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険等(ママ)の社会保険料を差し引かれていた。このことは、債権者の取締役在勤中同様の取り扱いがされていたし、吉田においても同様に社会保険料を支払っていた(〈証拠略〉)。

しかし、債務者は取締役三名に支払っていた支給金を会計上は、全額役員報酬とし、支払いについては、株主総会で決議事項し(ママ)ていた(〈証拠略〉)。

また、債権者に給付されていた金員の額は、吉田が受領している月額金九〇万円、年額金一〇八〇万円の給金と比較しても著しく低額ではない(〈証拠略〉)。

他の代表権のない取締役である茅野澄夫は、年額金九二一万六〇〇〇円を支払われている。

また、債権者は、従業員のように定期昇給等もなく、ボーナスの支払いもなく、人事考査の対象にもなっていない。

債権者の勤務時間については特段の定めもなく、取締役就任後は、午前八時二〇分から午後八時ころまで仕事に従事するようになり、債務者内部では土曜及び日曜日が休日になったにもかかわらず、土曜にも出勤し、有給休暇については特段の定めもなかった。

二  以上の事実をもとに検討する。

そもそも、取締役である者が、会社の組織上役職を兼ねていることは往々にあることであるが、その場合に当然従業員の地位を有していると一般的に断定することはできない。

取締役の地位以外に従業員の地位を有しているか否かは、当該取締役の業務の内容、会社における指揮監督の有無、その程度、それに関連する報酬金の支払状況など総合的に判断せざるを得ない。

債権者は株主総会で取締役に選任され、平成七年三月三一日に取締役に再任されることがなかったことから、取締役の地位を失った。

債権者は、取締役に就任した際に、それまでの退職金の支給を受けているが、右退職金の支給は、それまでの債権者の労働の対価としてその清算を行ったものである。したがって、債権者は、従業員の地位を喪失することを前提に右退職金を受領したものである。

債権者は、取締役に就任後は代表取締役の指示に従うも、その他債権者を指揮監督していた者は存在しない。むしろ、大阪支店の営業及び関西地区の営業に関しては、代表取締役から全面的に任され、本店移転の際には債務者を代表して土地の取得、建物の建築を行ったものであり、さらには、関西空港開港に際しては、平成六年二月一日から大阪支店長と併任して、取締役として本社企画部長関空対策担当に命ぜられ、同年六月六日に関空対策部長を命ぜられ、平成六年九月一日に取締役として大阪支店西日本営業部関西国際空港営業所所長を命じられ、大阪支店の営業範囲に関しては広範な範囲で裁量権を有していたものと推認できる。

したがって、大阪支店の担当業務内(関西地区を含む。)では、債務者を代表する者として、行動してきたものである。

そのことは、債権者の債務者における業績に対する自負からも伺える。

債権者は、平成六年当時代表取締役に次ぐ支給金を受けており、債務者においては、債権者を含め取締役三名への支給金については会計上全額役員報酬とし、株主総会でその支払いについて決議していた。したがって、会計上の処理からすれば、支給方法にかかわらず、債権者が債務者から支給されていた金員は、労働の対価であるとは認め難い。

債権者は、吉田が代表取締役に就任する前には、自ら代表取締役の候補として目され、その手腕において債務者の社内並びに佐川急便からの支持を受けていた。

平成六年一月ころから債権者は吉田との間で確執が生じ、債権者が(ママ)平成七年三月三一日以降取締役として選任されることがなかったものである。

以上のことから、債権者は債務者の指揮監督下にあるものではなく、取締役の地位以外に従業員の地位をも有するものではない。

三  債権者の反論に対する判断

1  平成六年五月末から債権者が取締役の地位を喪失し、従業員であったことについて

債権者は、平成六年五月三一日付で吉田から取締役解任の通知を受けた旨主張し、平成七年三月一七日に右解任通知に基づいて取締役を辞任することを通知したとし(〈証拠略〉)、さらに、その証左として債務者の債権者に対する平成六年六月六日付辞令による辞令書(〈証拠略〉)には、関空対策部長を命ずるとして、取締役の肩書を外した記載がなされていることをもって、内部的にはその時に取締役の地位を失い、従業員になった旨述べている。

たしかに、債務者において、辞令を発令する際には、取締役であるものについては取締役の肩書を付けて発令することを通例としているようであるが、右辞令において、取締役の肩書を付けないことをもって、取締役の地位を失ったものであるということはできない。

むしろ、取締役の地位を失うか否かは、株主総会において決定される事項であり、代表取締役であっても取締役を解任することはできない。事実、債務者において、債権者を(ママ)取締役の地位を喪失させるためには、株主総会を開催して決議して行っているのであり、また、平成七年四月一日付の辞令書によれば、同年三月三一日まで債権者は取締役関空営業所所長の肩書を有していたものである(〈証拠略〉)から、債権者の右主張は理由とならない。

債権者は、平成七年三月一七日に平成六年五月三一日に辞任した旨の通知を債務者に提出(〈証拠略〉)しているが、なにゆえ平成七年三月一七日に辞任届けを出す必要があったか理由が定かでなく、このことをもって、吉田が、債権者に対し取締役を解任したことを認めるに足りる適確な疎明資料ともいえない。

2  指揮監督の存在について

債権者は、債務者が債権者に対し、大阪支店長として業務に関する通達及び指令等を出していた旨主張し、これを疎明する資料として(証拠略)を提出している。

しかしながら、債務者において組織として業務を遂行する上で、当然代表者からの指揮監督がなされるのであるから、このことをもって、債権者が従業員の地位を兼ね備えていたものとは認定できない。

3  退職金の受領について

債権者は、退職金受領について、当時の代表取締役である岡田武彦(以下「岡田」という。)から形式的に退職金を支払うものである旨説明を受け、やむなく退職金を受領したものである旨及び岡田に対し従業員の地位を維持することを条件として提示し、認められたものである旨主張し、その旨債権者は当裁判所の審尋において述べている。

しかしながら、債務者において取締役就任に際して必ずしも退職金が支払われるものでもないのであるから(現に債権者と同様に取締役であった茅野澄夫は、取締役就任の際に退職金の支給を受けていない。)、債権者は、退職金の支払いを拒絶できるのであり、債権者の右陳述するところのことは債権者が退職金の(ママ)受領した理由にならない。また、債権者が退職金を受領した際には、債権者と債務者間には特段問題が発生していたわけでもなく、むしろ、債権者が他の先輩従業員に先んじて取締役に選任されて、将来的にも何の問題をも想定していなかったものと考えられる。そのような状況にある者が、取締役の就任並びに退職金の受領について従業員の地位の確保に走るとは到底想起することができない。

4  支給金の支払方法について

債権者は、債務者から支(ママ)給金の支給方法がまさに債権者を従業員として見ているものである旨主張する。

前記一の3で認定したとおり、債務者は債権者に対し、支給している金員については、月額で計算して支給し、基本給、役職、特別、家族及び役員と各項目別に金額を記載して支給している(〈証拠略〉)。債務者は、このような債権者の支給金の支給方法は、債権者の便宜のために行ったものであり、特に取締役の地位と従業員の地位を併存していることを前提になしたものではない旨述べている。

給与支給明細書(〈証拠略〉)によれば、支給金のうち、取締役としての役員手当は月額金三二万一三〇〇円であり、この金額は、支給金額の約五分の二に該たることになり、残余の給金額合計四八万六七〇〇円が従業員の賃金部分となる債権者の給与となる。しかし、給与支給明細書により従業員として支給されたものであると判断できる金額は、従前債権者が従業員として支給されていた給与より低いことになる。そうすると、右支給額をもって従業員としての地位に基づいて支払われたものであるとはいえない。

したがって、債権者に対する給与支給明細書のみでは、債権者が従業員の地位を有していたと判断をすることはできない。

また、債務者は、債権者に対する支給金から、健康保険料、厚生保(ママ)険料及び雇用保険料等の社会保険料を控除して支給している。この保険料は労働者として支払うべき性格の社会保険料であるが、債務者は、債権者の便宜のために従前と同様の取り扱いを行っていたものである旨述べている。たしかに、この点債権者には取締役の地位以外に従業員の地位をも有していたことを推測させるものではあるが、本来労働者として支払うべき社会保険料については、当然債務者から支給される金員から労働の対価部分に限って支払うことになるが、そのような分類をした上で債権者に支給しているとは思えない。したがって、このことのみを捕らえて、債権者の地位を論難することはできない。

5  有給休暇制度の存在について

債権者は、有給休暇が規定され、休暇については届出を行っていた旨主張し、その旨に沿うことを当裁判所の審尋期日において述べているが、右事実を認めるに足りる疎明資料は提出されていない。

6  地獄の特訓の参加

債権者は、平成六年一月に吉田から管理職に対する「地獄の特訓」に参加するよう指示され、いったんは断ったが、断り切れずに参加したものの、体調を崩し途中から中止したものである旨述べているが、この事実をもって指揮命令関係が存在していたものといえない。

7  レポート提出について

債権者は、代表取締役から、管理職は、レポートを提出するように指示され、代表者宛にレポートを提出したものであり、このことは債権者が債務者の指揮命令にあったものであるとする。

しかし、代表取締役は債権者に対しレポートを指示したものでもなく、管理職宛にレポートの提出を命じたものにすぎず、債権者が右レポートの提出を中止した以後再度レポートの提出を求められることもなく、債権者が自発的にレポート提出したものであったので、そのことから、債権者が債務者の指揮命令にあったことを証左するものでもない。

四  結論

以上検討してきたところによれば、本件仮処分申立ては、いずれも被保全権利の疎明がないことになり、これを却下することとし、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 山口芳子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例